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涼野のOLU CREATEな日々

もっと、自由に、カラフルに。アートとこころのアレコレ。

あなたのお世話をしてくれているのは誰でしょう。

ブログ わたしはこう想う

こんにちは(♡´ω`♡)

涼野リノです〜。

 

めちゃくちゃ寒いですね…ちょと雪が舞ってます。

今夜は具だくさんの豚汁にでもするか。

 

さてさて。
最近、卵が1パック10個入りで98円という
激安スーパーを見つけたので
わが家の冷蔵庫は
常に卵さんがスタンバイしてくれるようになりました笑


皆さんは卵を買ってきたら
プラ容器から冷蔵庫の「卵フォルダー」的なアレに
移し替えて保存しますか?

それとも
ペリッと開封だけして
プラ容器の安定感をそのまま利用しますか?

 

ちなみにわが家は
卵を一つひとつ、プラ容器から移し替える派。
不揃いサイズのパックを買うので
奥から背の順に並べるのが楽しかったりします。

 

別になんてことない作業なんですけどね。
昔のスズノは、コレがめんどくさくて
プラ容器のままポイッと冷蔵庫に入れていました。

 

はて。そういえば。いつからだろう?
今はあくまで気が向けばですが
家事全般を、楽しんでやれています。

 

いや別に楽しむ必要はないんですが
かつてストレスだった家事が
今は楽しんでやれてるって
何気にすごくないかと思ったので。

 

昔は家事全般「気が向いたときは楽しめる」とか
そういう感覚は一切なく
「しなければならないから嫌々やる、ただタスクをこなす」
といった暮らしぶりでした。

 

スズノは子どもの頃、お家の手伝いが
本当に、本っ当にキライで。

 

ごはん作りはもちろん、食器洗い

洗濯を干す、たたむ

お風呂そうじ、リビングの片付け

ましてやトイレそうじなんて

余程のことがない限り

自ら進んでやることがありませんでした。
(お母さん、ありがとう。本当ゴメンね…)

 

裁縫だけは、進んで楽しんでやってましたね。
まぁあれは趣味みたいなものだったので
お家のお手伝いと思っていなかったのでしょう。

 

今思うと、家事全般

「時間のムダ」だと考えていたようです。

 

うはー。今と全然違う考え方だわ笑
実家にいた頃、母が家事全般をしてくれていました。

 

私はその有難さに気付かず
自分が何か「お手伝い」をしなければならなくなったときに
いっつもイライラしていました。

 

「なんでうちがせんといけんのやっちゃ」
「お兄ちゃんやって暇そうやんか」
「うちやってやりたいこともあるし宿題せんといけんのに!」

 

ぶーぶー!!!!٩(๑`н´๑)۶

 

といった具合です。
まぁ18歳までぬくぬくと育ててもらったので
「しっかりしてるね」なんて言われていても
その本質はお子ちゃまだったなぁとしみじみ思いました笑

 

 

でも今は
そうじも洗濯もごはん作りも
楽しんでやっているスズノ。※気が向いたときはね♡

 

 

子どもの頃と、何が変わったのかしらと
よくよく考えてみると

 

本当の意味で
「自分のお世話を自分でできるようになった」
からなんだなと。

 

 

身の回りのお世話を
してもらえるのが当たり前だった頃
精神的に「自立」しているつもりでも
物質的に「自活」していなかったので

結局は
精神的にも自立できていなかったようです。

 

この社会のなかで
人間といういきものとして生活していくためには
自分であれ他人であれ
お世話をしてくれる存在が必要ですよね。

 

衣、食、住。

仕事や趣味や勉強と、充実できるのも
暮らしに必要なお世話があるからこそ。

 

そして物質的なお世話をしてくれる存在の
「有り難み」に気付いて
感謝し、尊敬するようになると

 

だんだんと
精神的にも自分で自分のお世話が
できるようになってきたなと感じます。

 

家族やパートナー、あるいは自分自身にも

感謝をして、尊敬の念を抱く。

 

すると、イライラやストレスが
いつの間にか薄まっていることに気付くんです。

 

 

「ありがとう」って
もしかすると万能な呪文かもしれない!!!笑

 

 

あなたにも雪崩のごとくハッピー&ラッキーがふりそそぎますよ♪

ありがとう、ごめんなさい、ゆるしてください、あいしています。